豚猫大好きぶーにゃんの社会的弱者研究所

豚みたいに太った猫が大好きでたまらない私、ぶーにゃんの「社会的弱者(マイノリティ)」について考えるブログです。主にHIKIKOMORIなど、「公認されない社会的弱者」に関することを綴ります。

【近況報告】ブログ見て歩き。

こんばんは。Buenas noches!!

今回は近況報告ということで二つのブログ見て歩きを綴る。

すさまじいブログ。ここでも「権利と義務」を「御恩と奉公」と取り違える人発見。

今回、「すさまじいブログ」こと「ぼそっとプロジェクト」のブログを見たら、やはりいました、「権利と義務」を「御恩と奉公」と取り違える人が。

blogs.yahoo.co.jp

 

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

 

いわく、「生活保護や障害基礎年金などをもらっている人はしっかり『恥』を感じるべき」だってさ。

詳しくはリンク先を見てね。

師匠のブログ「ソウルヨガ」。本当にこの人に「はてなブログ」の編集方法をレクチャーしたい気分だわ。

私が心の底から尊敬する師匠「イダヒロユキ(伊田広行)」氏のブログ「ソウルヨガ」。

hiroponkun.hatenablog.com

しかし、ブログ記事の編集については本当に、

「ど素人」

ですわ…

最近「続きを読む」=記事折りたたみ機能を導入なさっているかと思ったら、記事の3分の2くらいまで表示してから記事を折りたたんでいるわ、相変わらずリンク貼り付けはURLべた貼りだわ…

こうなったら私がイダヒロユキ師匠本人に会ってブログ編集のしかたをレクチャーしてあげたいけれど、コンタクトの取り方が全然わからないんだなあ…
コメント欄も設けていないし。

「ユニオンぼちぼち」に連絡すればいいのかね?

ユニオンぼちぼち

あと、以前のブログサービス使っていたころのブログもリンク欄にあるけれど、J:COM系列の「zaq」がブログサービス廃止しているためデッドリンクになっているわよ。

それではまた。

 

昨年の今頃「HIKIKOMORI」を「矯正収容」する内容を流した「TVタックル」が、以前に流した「公認されない社会的弱者」への虐待エピソード。

こんばんは。Buenas noches!!

今日、以前お世話になった「地域活動支援センター」の職員に会う機会があり、その方から「この間、『大佐(精神保健福祉士)』に会ったよ」という話があった。
仕事を辞められてからも私のことを気にかけてくれてたみたい。
うれしいなあ。

さて…
昨年の今頃だったかなあ…
テレビ朝日TVタックル」が、高齢「HIKIKOMORI」の問題が深刻だとして、無理やり連れだして「矯正収容所」に連行する内容の特集を流したのは。

news.yahoo.co.jp

この「TVタックル」は、私が大学生だった20年近く前にも、こうした人たちのことを「寄生虫」といって罵っていたことを私は覚えている。
以下、記事を折りたたみます。

続きを読む

HIKIKOMORIはじめ「公認されない社会的弱者」は闘い続けなければならない。

こんばんは。Buenas noches!!

なかなか更新できず申し訳ない。

本当にHIKIKOMORIはじめ「公認されない社会的弱者」はどこまでも救われないと思う。
以前紹介した「すさまじいブログ」こと「ぼそっとプロジェクト」の「長男の放逐」パートを読了したが、「女親に虐待された男の子供であった自分(執筆者)はどこまでも救われない」一方で「男親に性的虐待を受けた女の子供だった人はちやほやされている」という「患者村」の実態を見ているとね…

このことを考えるとき、まだ作者が「暗黒面」に堕ちてしまう以前の「ゴーマニズム宣言」のエピソードを思い出す。

このとき、作者は「部落解放同盟」の方との対談で、

「差別というのは現代資本主義のシステムと不可分なのではないですか?」

と問うた。
そして、「差別をなくそうと思ったら、人類みな兄弟、トマス・モアの『ユートピア』みたいな世界になるのでは?」とも。

そうなんだよなあ…
この社会では安心して叩ける「対象」が常に必要なんだよね。
被差別部落とか、LGBT当事者とか、そしてHIKIKOMORIとか…
弊ブログの言う「憎悪ポルノの題材」が。
どうしても作れなくなったときは一部インテリがかってに新語を生み出してでも作る。
NEET」「SNEP」とかね。

で、部落解放同盟の方はこう返答した。

「確かに資本主義社会は勝者敗者を生み出すシステムである一方発展ももたらす。しかし理不尽な差別に対しては断固戦わねばならないと思っている」

…昔のことなので意訳で申し訳ないのだが…

このエピソードで作者はこう締めている。

「差別は無くならない。しかし、被差別者たちは闘うことを宿命づけられたエリートである。闘え、闘うことが重要なのだ」

本当に自分の記憶だけで申し訳ないが…

HIKIKOMORIはじめ、「公認されない社会的弱者」は、まさに被差別者の代表になっていると思う。
闘わなければ、「ごくつぶし」「犯罪者予備軍」という名のもとに永遠に叩かれ続けるだろう。

私も元HIKIKOMORI、「公認されない社会的弱者」として、今後とも闘い続けるつもりだ。

それでは。Adios amigos!!

少なくとも、年金=老齢年金という考えをやめなさい。

こんばんは。Buenas noches!!

昨日(4月14日)、職場においてあった日経新聞に、「政権与党の若手ホープ小泉進次郎氏へのインタビュー記事が掲載されていた。

同党が「こども保険=こどもたちの支援を目的とした社会保険制度」を創設するべく動いている、ということで同プロジェクトの事務局長となった同氏へのインタビューである。

そのインタビューの中で、「今までは年金とか介護とか、社会保障の議論は高齢者偏重になってしまっていた」ということがやり取りされていた。
そのうえで、こども=次世代育成のための社会保険制度の意義を唱えておられた。

あのなあ…
介護保険などはわかるとしても、少なくとも年金は高齢者のための年金=老齢年金だけではないぞ。
障害年金は若年層だって受け取れる可能性があるんだぞ。
障害年金についてはこちらの記事も参照のこと。

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

 ほかにも、被保険者が不幸にも死亡されたときの「遺族年金」も、若年層が享受する可能性のある年金である。

遺族基礎年金(受給要件・支給開始時期・計算方法)|日本年金機構

とにかくなあ、「こども保険」の構想はなかなかよさげなんだけど、年金=老齢年金=高齢者のための制度という考えは改めてほしいものだ。

(追伸)
同記事で昨年実施された「臨時福祉給付金」のことを「高齢者へのばらまき」云々という表現もあったが、実は私自身もこの「給付金」を受給している。

www.2kyufu.jp

こういうことからも、「公認された社会的弱者」というのは、言葉は悪いかもしれないが「得」だと思う。

あと、先ほどの障害年金の記事に、「ひきこもり54万人」のテロップが表示されている写真を貼り付けた。

それでは。Nos vemos!!

やはり、「脱・主流秩序」に生きている人は違うなあ。

こんばんは。Buenas noches!!

前回、「五体不満足な人」は「主流秩序に媚びている」と綴った。
彼は常に強い側=主流秩序の側に媚び、「名誉健常者」というべきふるまいを続けていた。そんな人間を「バリバラ」で持ち上げる必要なんてあったのか、と綴ったのだ。
「名誉健常者」の構図については、以下のブログ記事がわかりやすいです。

ベンボー提督亭 : 名誉健常者

その、「五体不満足な人」と真逆の生き方をしているのが、私の師匠、「イダヒロユキ(伊田広行)」氏である。

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

 実は、ツイッターを見てみたら雨宮処凛氏がイダヒロユキ師匠に会ってインタビューしました、というツイートがあり、その記事ってどこにあるのかなあと思って検索をしてみたら、どうやらこの記事みたいだ。

imidas.jp

読んでいて、やはり師匠は違うなあ、と思ったわ。

私が魅かれるのは、やはり、安定した大学教員の道を棄て、「社会的弱者」「相対的貧困」に身を置くために「非常勤講師」の生き方をするという道を選んだこと。

記事の一部を引用。

「『宝くじ当たったの?』とか言われたこともあるんですが、学者してて、ええこと言うてええ授業してたら、ええことしてる気になってくる。パートタイマーの女性のこととか論文に書いて、組合に呼ばれて格差問題について講演したりしてたんだけど、そういう自分は男性で、正規教員で年収1000万円あって、講演でも『先生』と呼ばれて。しかも高い講演料貰って。そういうのに疑問を持ったんです」
 40代になったばかりの頃だった。
「40歳ぐらいの時に、残りの人生を考えたわけですよ。そうしたら60、70歳まで安泰の道が見えてるわけです。もう年収も下がりませんしね、そこそこやれるだろうと。でも、見えたところでもう面白くないし、不自由やなと思って」

労働・格差・ジェンダーの問題を「上から目線」で論ずる「先生」という立場にイダ師匠は我慢がならなかったわけだ。

そして、私が師匠に心酔している証としてよく使う「主流秩序」についても話されている。

「主流秩序とは、永遠の競争のしんどさを説明する言葉で、社会が見える眼鏡なんですよね。美についてだと、みんなが整形して美人になったとしても、その中でまた差がついていく。労働の問題だと、座席が10個しかなくて、正規雇用の椅子が6個で非正規雇用の椅子が4個。あなたが6個のほうに行ったら、誰かが4個のほうに行く。それをそのままにして正社員になって、自分は加担していないの? って問いですね。
 そういう、この社会で人間を序列化させて、競争に追い立てる装置が主流秩序という概念なんです。今の日本社会の集団催眠状態を、浮き彫りにするための装置というか。
 この主流秩序が生きづらい女性に役立つのは、『女子力を高めてキレイになってモテる』っていう『女子の幸せ』以外の道でいい、と思えるようになる視点です。フェミニズムでは、それを『ジェンダーフリー』と言います。主流秩序って、それに囚われてるあなたでいいの? っていう問いかけなんです。キレイになったり、モテたり、ええ人と結婚したり、ええ会社に入ったり、そういう序列の上昇の幸せ感でいいの? って」
 そんな主流秩序の背景にあるのは、資本主義のシステムだとイダ氏は指摘する。

より上の、支配できる階級に成り上がる。それでいいのかあんたの人生、というわけだ。前回綴った「五体不満足な人」はまさにここでいう主流秩序に囚われた人間の典型と言えよう。

そして、最後には雨宮氏のこの言葉で締めくくられている。

この日私は、主流秩序の囚われから解放されることを、「自分なりの幸せの尺度を見つけること」と定義づけたのだった。そっちのほうが、絶対楽しい。

なるほど、「自分なりの幸せの尺度を見つけること」か。
幸せの尺度、次回あたり、自分のそれを披露する予定。

それではまた。Adios amigos!!

バリバラに「五体不満足な人」を出す必要なんてあったのか?

こんばんは。Buenas noches!!

先日の日曜日に放送された「バリバラ」。
この日出演したのは「五体不満足な人」だった。

www6.nhk.or.jp

私は「バリバラの悪い側面が出たな…」と思った。
あるいは、弊ブログにはてなスターをくださっている方のブログ記事で綴られていることがぴったり当てはまっていると思った。

virtualinsanity.hatenablog.com

以下、記事を折りたたみます。

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「権利と義務」を「御恩と奉公」と勘違いするわが国。

こんばんは。Buenas noches!!

本日は「権利と義務」観について。
以前から綴る綴るといってなかなか綴れなくてごめんなさい。

わが国では、よく「権利を享受したかったら義務を果たせ」という言葉がよく聞かれる。

日本国憲法においては権利は「参政権」「教育権」「基本的人権」「生存権」があり、義務は「教育を受けさせる義務」「納税の義務」「労働の義務」などがあげられる。

しかし、たとえば「労働の義務」を果たせず、よって「納税の義務」を果たしていないからといって、「生存権」などない、とみなしていいのだろうか。

これは「権利というものは、義務を果たした者にのみ与えられる」というわが国によくみられる「権利」観である。

この「権利」観の源流は、鎌倉時代「御恩と奉公」にあると思う。

「御恩と奉公」については、NHKが運営する「NHK for school」で、「歴史にドキリ」という番組がアーカイブ配信されているので見るといいだろう。
中村獅童氏が源頼朝に扮しておもしろおかしく教えてくださるぞ。

歴史にドキリ [社会 小6]|NHK for School

この「御恩と奉公」に近代の「権利と義務」が入り込み、「権利を行使したかったら義務を果たしやがれ」と言われるようになっていったと思うんだなあ。

しかしそれは違うと思う。
近代の「権利」は、自らが進んで行使しなければならない性質をもつ。
以前綴った「障害基礎年金」において、「申請主義」のことを綴ったかと思う。
自らの手で申請しないと、たとえ心身に障がいを抱えていても障害基礎年金を受け取れないのである。

この辺でふと思ったのだが、「権利を行使したかったら義務を果たせ」という考えは、もう一つ権利について誤った見方を促してしまうように感じる。

それは、「義務をきちんと果たしていれば、権利はおのずとついてくる」という考えである。
言い換えると「奉公をきちんとこなしていれば、御国は御恩をほどこしてくださる」ということ。

これは危険だと思う。
なぜなら、「自分で考え、権利を行使する」ということを忘れさせるからだ。
その代表が、サラリーマンが納税する際に実施される「源泉徴収・年末調整」だろう。
これは、「自らの手で税金を納める」原則を半ば放棄させる所業だからだ。

もう一度繰り返す。
近代の「権利」は、「自らの手で行使する」ことが原則である。
そして、「権利を享受したかったら義務を果たせ」という文言は、単に「御恩と奉公」を「権利と義務」に置き換えているだけだと言い返してやるといい。

私はこれからも、生きるための「権利」をいろんな場で行使したいと思う。

それではまた。Adios amigos!!