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豚猫大好きぶーにゃんの社会的弱者研究所

豚みたいに太った猫が大好きでたまらない私、ぶーにゃんの「社会的弱者(マイノリティ)」について考えるブログです。主にHIKIKOMORIなど、「公認されない社会的弱者」に関することを綴ります。

就職氷河期戦線異状あり⑦「2000年代就職氷河期」はわが国だけではなかった。「ワーキングプア 解決への道」(ポプラ社)の感想も交えて

こんにちは。Hola amigos!!

あれから、「ワーキングプア 解決への道」(ポプラ社)を読んでおりました。

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(こちらは文庫版であります。)

本シリーズ連載では、久々にいろんな本を読んでいるわ。

就職氷河期戦線異状あり⑦「2000年代就職氷河期」はわが国だけではなかった

首切り容認の風潮、非正規雇用の蔓延が渦巻いていたわが国の「2000年代就職氷河期」。

ひるがえって、わが国以外ではどうだったのかといえば、やはり「経済のグローバル化」という名のもとに、才能を持ち合わせていない労働者たちにとっては「冬の時代」というべき状況だったようだ。

韓国の場合。「88万ウォン世代」「勤労貧困層」「3放世代」

「2000年代就職氷河期」当時の世界における労働状況を知る手掛かりというべきものが、当時の状況を取材したNHKスペシャルの「ワーキングプア」の書籍(以下、本書と表記)に綴られている。

韓国でもやはり非正規雇用問題は蔓延しており、番組および本書では「勤労貧困層」という言葉で紹介されていた。

「考試院(コシウォン)」という、もともとは「受験勉強などの貸し自習室*1」だったものを「ねぐら」にしている非正規雇用労働者たち。

そんな「勤労貧困層」たちも、高学歴の人たちがかなりの割合で含まれていた。
実際、取材対象の一人は「蔚山(ウルサン)大学工学部」出身者であった。

この部分を読んだとき、「ああ、韓国よおまえもか。私も大学卒業してもまともな職にありつけなかったんだぜ」と思ったなあ。

本書では「88万ウォン世代」という言葉が紹介されている。以下引用。

 ちょうどこの頃、「八十八万ウォン世代」という本がベストセラーになっていた。「八十八万ウォン(約十万六千円)」というのは、二〇代の非正規労働者の平均月収のことだ。

『今の二〇代は、大学を卒業しても、大企業や官公庁に就職できるのは、成績上位の五%のみ。残る九五%は、不安定な非正規職を転々として一生を終える』と、韓国社会の現状に警鐘を鳴らしている。
(ハードカバー版P33-34)

大学を卒業したところで正規雇用にありつけないことや、直接雇用をやめて派遣などの外部調達に置き換えるなど、わが国と同じ状況に韓国も陥っていることが本書には綴られていた。

そういえば、以前弊ブログで韓国の「3放世代」についても綴ったなあ。

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

アメリカの場合。海外に仕事が逃げていった…平然と裏切られる「努力」

アメリカのケースもまた、悲惨なものであった。

必死で「IT(情報技術)」関連の勉強をしてきた「ブライアン・ラフェリー」氏のケースが涙なくして読めないものであった。一部引用。

「とにかく、一生を通じて自分の生活を安定して支えられる仕事が欲しいと思ったんです」
-ブライアンさんが私たちに語ってくれたとおり、当時のアメリカでは、IT企業で働くための技能を身につけることは、その後の人生を保障してくれる、いわば「成功への鍵」だった。

 夢に向かって本気で努力をすれば、いつか自分は報われるはずだ--これが、重い借金を背負ってまで、ブライアンさんに新たな人生を踏み出そうと決心させた原動力だった。
(ハードカバー版P69)

 

 ところが、業界での経験を重ね、年収が一千万近くに達した二〇〇四年、計算外の出来事が彼を襲った。勤めていた企業で所属していた開発部門が、丸ごとインドに移転されることになったのだ。
(ハードカバー版P70)

 で、その後の彼は、

  • 住まいはポンコツと化したキャンピングカー。
  • 仕事はファストフード店*2の「店長」だが、安月給で社会保険も無し。
  • 高血圧症に悩まされているが、社会保険もなければ民間医療保険にも入れないので放置。病院にもかかれない。

彼のことを「努力不足」と罵っていいのだろうか。
自分の仕事が海外に「逃げる」なんて、予想できたのだろうか。

これぞまさに「努力が『運』と『縁』に裏切られた」例といっていいだろう。

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

なお、アメリカでの仕事が「海外に逃げていく」例は、「ワーキングプア」以前に放送されたNHKスペシャル「データマップ」シリーズでも取り上げられていた。
このケースでも「インドに仕事を奪われた」というものだった。

労働者たちの「いのち」が軽んじられるようになった…

こうしてみると、「2000年代就職氷河期」から、労働者たちの「いのち」が軽んじられてしまっているような気がしてならない。

ここでいう「いのち」は、「生きるための尊厳」という意味も含んでいる。

最近では労働者たちの「ライバル」に、「AI(人工知能)」まで加わっている。
弁護士や新聞記者など、「クリエイティブ」とされる仕事を「AI」が受け持つ時代になるとまで言われている。

「インドに仕事を奪われる」ケースが「AIに仕事を奪われる」ことになっていくのだろうか。

そうなると、労働者の「いのち」は、存在意義は一体どうなるのだろうか。

次回に続きます。

*1:もっとも、歓楽街のディスコなどが入ったビルの最上階にあったりするので、自習者目的で開業したものはほとんどないのではないかと思われる。

*2:ケンタッキーフライドチキン(KFC)だったように記憶している。