こんばんは。
なかなか職場の新しい仕事に定着することができない…
先日は上司と衝突してしまってあわや退職寸前になってしまった。
でも、ニッポンの職場の中でも「ホワイト企業」というべきここを辞めてしまうと本当に何もない。
それこそ「暴力的支援施設」に拉致されてしまう。
さて、今回は「毒オトナの条件」の60回目。
俗流日本人論
「俗流若者論」という言葉がある。
要は「最近の若者はだらしない、情けない…」と言った形の「若者に対するステレオタイプ」である。
それとは別に、私は「俗流日本人論」というべきものが流布されているように思う。むろん「日本人に対するステレオタイプ」として。
- 日本人は礼儀正しい
- 日本人は自動車が全然通過していない道路でも、きちんと信号を守るなどルール順守がすばらしい
- 他人への気配りができ、災害時でも暴動どころか文句ひとつ言うことなく助け合う
といった感じ。
私はこれらはみんなウソだと思う。
「礼儀正しい」のは「目上、あるいは強者にたいしてのみ礼儀正しい」のであり、また「他人への気配りができる」のも、「目上、強者の側」が「お前はひとりじゃないんだぞ、みんながいることに感謝しろ」と「弱者(社会的マイノリティ)」を抑圧したうえで成り立っている。
参考過去記事
sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp
信号無視の自動車に轢かれかけた
「ルール順守」についても異議がある。
私自身の体験を話そう。
昨秋のことだ。
私は「押しボタン信号」のある交差点で歩行者用押しボタンを押し、信号が変わるのを待った。
信号が変わり、左右の自動車が止まるのを確認し、横断歩道を歩いた。
突然、後続の自動車の一台が停止線で止まっていた先頭の自動車を追い越し、私を轢いてやろうとせんばかりに突っ切った。
轢かれかけた私は心臓が止まりかけた。
とりあえず、私は自動車の車種と色、ナンバープレートで読み取れた数字、そして「若い男性」という運転者の特徴を近くの交番の警察官に話した。
それにしても、自動車にとって「押しボタン信号」はとてもいらいらするものらしい。
「なんで歩行者一人だけのために俺たちが待たなあかんの?」と言わんばかりに。
本当は「押しボタン信号」はもちろん、信号のない交差点でも歩行者が横断しようとしていれば自動車の側が一時停止するのが
「道路交通法上のルール(法律)」
である。マナーではない。
NHK「未来スイッチ」でも指摘している。
ちなみに一本目の記事の「そして事件は起きた」の動画に近いパターンだ。
しかしニッポンの場合、道路という道路が「自動車ファースト」として作られており、「歩行者優先」という道路交通法の理念は死んでいる。
以来、私は押しボタン信号という押しボタン信号がとても怖くなり、横断できなくなってしまった。
と同時に、先ほど綴った「俗流日本人論」の嘘にも気づいた。
次回に続く。