こんばんは。¡Buenas noches!
前回の記事にコメントが寄せられた。
なんとも久しぶりなコメントだなあ。
ずいぶんとまあ、「初対面」であるにもかかわらずタメ口で、しかも呼び捨て。
ぶーにゃんの親への考察はあまりに浅くて単なる逃避にしか思えない。
こんなことを綴るわりには、どこがどう「浅くて単なる逃避」なのかの指摘はないんだなあ。
石川氏の壮絶な経験と比べて「お前のそれは大したことがないものだ」といいたいのか。
それとも私自身の「毒親育ち」体験に対していっているのか。
こんな引用をダラダラ続けてるだけの考察に称賛されているのを見るに、石川の書籍も中身がないように疑ってしまう。
だったらこんなブログ見に来なければいいじゃない。称賛されてもいないし。
もう少し距離を置いて評するか、自身の経験を練り込んで考察した上で評するのが石川にとっても良いのではないだろうか?
私は別に「小説家」「エッセイスト」など文章のプロでもないし評論家でもないし学者でもないからね。
自分の思ったことを綴っているだけ。
前回記事は二つの著書を読んで感じたこと、思ったことを綴っているだけだからね。
それにこの一文は「トーンポリシング」が多分に含まれている。
「お前のブログは低レベルだ」ということを遠回しにいっているのだろう。
だったら繰り返しになるがこんな低レベルのブログ見に来なければいい。
まあ、この方は私なんかよりも立派な文章を綴れると思いますよ。
頑張ってください。
石川の毒親の怒りに対する考察がある程度筋が通っているように思えるが…
ぶーにゃんの親への考察はあまりに浅くて単なる逃避にしか思えない。
こんな引用をダラダラ続けてるだけの考察に称賛されているのを見るに、石川の書籍も中身がないように疑ってしまう。
もう少し距離を置いて評するか、自身の経験を練り込んで考察した上で評するのが石川にとっても良いのではないだろうか?