おはようございます。
もう11月かあ…今年は結局新しい仕事に就くことはできなかったなあ…
「手ごたえあり」と思ったところもとことん「お祈り通知」だったし心が折れる…
今回も「与党も野党も茶番」。
いくら「共産主義は自由な社会だ」とわめいても、「共産主義」を標榜していた国家が悲惨な末路をたどったのは厳然たる事実だ
さて、本連載で散々糾弾している「あの茶番政党(および同党名誉代表氏)」、相変わらず「共産主義は自由な社会なんだ」と「しんぶん(新聞ではない)」などで喧伝している。
先日は「人新世の資本論」などで知られる「斉藤幸平」氏と対談してうっきうきだったらしいし。
そのことを解説した松竹伸幸さんの動画。
「見せかけの自由」「数字合わせでしかない『計画経済』」「粛清」…これが厳然たる事実だ
さて、先月放送された「映像の世紀バタフライエフェクト」で、「ロシア革命、そして共産主義を標榜していた国家はなんだったのか」をテーマにした回があった。
もうとにかく「目からうろこ」というべき「神回」だった。「CV:糸井羊司アナウンサー」が語るナレーションでひたすら耳にこびりついたセリフがある。
国民には見せかけの自由が与えられた
「世界一公正な選挙」をうたったが投票できる候補者は一人しかいなかった
表現・報道・集会の自由も認められた。しかしすべては「社会主義体制を守るため」という条件付きだった
自由を装った支配が日常をおおっていった
ねえ、「社会主義・共産主義は人間の自由が保障される社会なのだ」というている茶番政党の諸君。
いくら茶番政党が言いつくろうとも、「社会主義・共産主義」を標榜する国家たちの実態はこんなんだったんだよ。
むろん、経済面の実態もひどいものだった。こちらのナレーションがすべてを語っている。
国家の誇りだった「計画経済」は数字合わせだけで実態などなかった
昔、高校時代の世界史の授業(珍しく近現代史まで走り抜ける授業だった)で担当教師が「結局、『社会主義・共産主義』の国家たちがもたらしたのは『貧しさの自由と平等』でしかなかった」というていたことを思い出した。
むろん、国家の意向に従わない国民などを「粛清」「大虐殺(ジェノサイド)」する実態も克明に伝えられていた。
これは「口減らし」の効果もあったんだろうなあ。見せかけの「豊かな国民生活」を維持するための。
殺された人たちはたまったものではないが。
本シリーズ連載で糾弾してきたことを考えると、仮に茶番政党が政権をとったらやはり「悲惨な末路」をたどることになるだろう
さて、茶番政党はさんざん「社会主義・共産主義」を標榜していた国家を糾弾し「うちはこんな国家にはならない」と言うているのだが、実態がこんなんだったのだから誰もそんなものなど(茶番政党の信奉者以外は)信じない。
やはり、政権なんて取らせたらあかんし、そもそも「社会主義・共産主義」国家たちの総本山たる「ソビエト連邦」が崩壊した三十数年前に「解党的出直し」をすべきだった。
最近は茶番政党に「もっとアップデートをしてほしい」と訴えた同党幹部たちにいろいろ「難癖」をつけて追放したり、党内の「ハラスメント」の実態などが伝えられている。
その一例
こんな政党、番組で伝えられた実態と一緒だということがよくわかる。
「見せかけの自由」「自由を装った支配」…
そういえば番組には「徳田球一」もチョイ役として出ていたなあ。
茶番政党初代書記長なんだけど、茶番政党は言葉通りの「黒歴史」として「存在しないもの」扱いしている。
「ユートピア」はあくまでも「夢の世界」でしかない
番組の最初にこんなナレーションがあった。
ユートピアの夢は国境を超え、世界をおおい、そして崩れ去る
そもそも「ユートピア」もまた「土地の私有財産化」を糾弾することから始まっており、「目指すべきは私有財産のない理想郷」ということから一種の「空想的社会主義」の書といえる。
でもって著者「トマス・モア」は当時のイギリス国王「ヘンリー8世」の「王妃とっかえひっかえ」を糾弾したため処刑された。
いくら「社会主義・共産主義」「自由な社会」を訴えようが、国家というものは残酷な所業もいとわないのである。
それを監視するのが主権者たる国民なのである。
政党もまた同じ。れいわ新選組・山本太郎さんもおっしゃっているように「政党は宗教団体ではない」のである。
番組では「今まで信じていたもの」が崩れ去りパニックに陥る「共産党員たち」の姿もあったなあ。
次回に続く。