夜分失礼します。
さて、この連載の最初は、落語でいうところの「まくら」的なことを綴り、その後に「続きを読む」を挟むのだが、今回は就労支援施設を取り巻く事情を綴りたい。
2005年に、「障害者自立支援法」が制定された。
これは、受益者負担という名のもとに、主に就労支援施設の利用者に「一定の金銭負担」を求めるというものであった。
無論、名前の通り「自立支援」のための環境整備もおこなうのだが、「金銭負担」がクローズアップされて「働いているのに金をとるのか」などと当事者からの批判が巻き起こった。
この前見たNHKの番組で、当時の厚生労働大臣は「障害者支援を『義務的経費*1』に据える必要があり、それを財務省に認めて貰う為の『苦肉の策』だった」と語っていた。
基本的に政権与党はあまり好かないが、厚生労働大臣の言うこと、そして事情は本当によくわかる。
ただ、「当事者はどう考えているのか、何を望んでいるのか」をあまり精査していないことは批判してしかるべきだろう。
私と発達障害㉓久々に働き口を見つける
就労支援施設B型は本当に息苦しい所だった。
重度知的障害の人も多く、中には自分で排泄することもできないほどに重い症状の人もいた。
もともとこういう人たちが活動するための施設なのだ。
早く就職したいと考えている私がいるのは半分場違いだったと思う。
最初は内職作業も充実していたが、ある日をもって内職が途絶えた。
何もすることがない…
施設の職員たちは新しい内職作業を提案してくださったが、「あなたのような人間には務まるかもしれないが、重度知的障害者にはきついかもしれない」ということで却下された。
施設に来ても何もすることがないので、施設自体訪れることも無くなった。
農園での作業をときおり手伝うくらいだった。
ただ、デジカメを農園にもちこんで写真を撮影し、Wordで写真を挿入した書類を作る作業は楽しかった。
パンやお菓子を撮影してチラシも作ったなあ。
仕事探しはなおも続く
無論、ハローワークなどへ仕事探しをすることも忘れなかった。
アイデムのフリーペーパーをチェックすることも怠らなかった。
しかし悲しいかな、30歳を突破した私に対してはさんざん「お祈り」をされた。
そんなある日、地元の市から2、3市ほど離れた地域に「くらしとインテリア用品の小売業・ニ●リ」が新規開店することになり、そのためのオープニングスタッフを募集する求人票がハローワークにあることを発見する。
「二●リ」に採用される
この「二●リ」の求人は「クローズ*2」の求人だった。
ハローワークの担当者には「ジョブコーチのようなものをつけてくださることを了承できるかどうか」を先様に尋ねてくださるよう依頼した。
「そのことを話すことも含めて面接をすることになりました」担当者からこういわれた。
「二●リ」のオープン前の店舗に面接に向かう。
私は「土曜日、日曜日、祝日も出勤可能。お盆も年末年始も出勤可能」であることを面接担当者に伝えた。
無論、いま通っている就労支援施設B型専属の「ジョブコーチ」をつけることへの了承も。
数日後、通知が来た。
祈られることなく、採用された。
しかし、「二●リ」での勤務により、自分の心が折れるなんて思ってもいなかった…
次回に続きます。