こんばんは。¡Buenas noches!
シリーズ連載「グループホームに住んでみた」も、もう終わりになると思う。
家財もあとは布団とその他小物を持っていって終わりだ。
私の同居人たちに対する「まなざし」は、父親の私に対する「まなざし」だった
さて、この間の本シリーズ連載で、私はこう綴った。
父親から引き継いでしまったのか、自分から見て「おかしいことをしている」「できて当たり前のことができていない」と感じると、「オ前一体ナニヲヤッテンネン!」などとなじってしまう。
グループホームに住んでみた(43)グループホーム利用の「資質」 - ぶた猫ぶーにゃんの社会的マイノリティ研究所
父親の私に対する態度もまた、私が他の同居人たちに対して取っていた態度と同じだということを今回のグループホーム生活で思い知らされた。
- ひとりごとを漏らす
- 意味もなくぼーっとしている
- 意味もなく周りをうろうろしている
- etc…
と、父親から見て「不可解」なことをしていると思ったらいつも
- 恥ずかしいことすんなや!
- 常識というものを考えろ!
- お前の態度を見て、周りはどない思っているのか考えたことあんのか!?
と雷を落とされた。
どれも本人のことを思って言っているのではなく、言った側の「都合」で言っているのだとわかる。
話が通じない=常識が通じない
また、本シリーズ連載ではこうも綴っている。
「話が通じない」
sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp
これも、父親が私に対して常々感じていたことなのだろう。
「話が通じない」から、家庭内暴力も起こる。
父親が常識を押し付けるのだから、やはりこちらは反発せざるを得ない。
しかし、グループホームでは私が「父親」と化していた。
なにか「変な」ことが起きるたび、「ナンデオ前ラハコウナンダ!」と叫ばずにはいられなかった。
これは元をたどれば、
- 父親は私のことを「見下し」
- 私はほかの同居人たちを「見下し」ていた
ことにほかならない。
ふたたび、父親に見下される日々に戻る
さて、実家に戻ることとなり、ふたたび私は父親に見下される日々に戻る。
実際、家財を運ぶときも、
「なんでお前はこんな変なもの買ってんねん!」
などといちいち叱責された。
とりあえず、本グループ連載はこれでおしまいになると思う。
あと、思い出したことを番外編として綴ると思う。
それではまた。