こんばんは。¡Buenas noches!
今回は再び毒オトナ社会の解きかたを綴る。
今回は「自己責任(論)」という言葉について。
「自己責任(論)」って、単に「自業自得」と言いたいだけだよね
「自己責任(論)」、以下「自己責任」…
これほど毒オトナ社会を象徴する、そして私が一番嫌いな言葉はない。
本来、自己責任という言葉は自らを律するための言葉、自己管理をきちんとしていこうと努めるための言葉だった。*1
それがいつしか、「お前の責任だ」という感じで人を誹謗するための言葉になってしまった。
ぶっちゃけ言ってしまえば、
「自業自得」を「自己責任」と言い換えているだけ
である。
「内面化」を迫るための便利な言葉「自己責任」
「自己責任」という名のもとに「自業自得」と誹謗する。
それは連載の10回目で綴った「内面化」を誹謗対象に迫るのに実に便利なものとして作用している。
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「ひどい目に、つらい目に遭っているのはお前の責任だ」
と迫れば、
「ああ、ひどい目、つらい目に遭っているのは私の責任なんだ」
と無理にでも納得させようとしてしまう。
などなど、「自己責任=自業自得」と誹謗するシチュエーションは枚挙にいとまがない。
「自己責任」と誹謗する社会の先にあるのは究極の「無責任社会」
しかし、本当に「自業自得」の意味で用いられている「自己責任」って便利な言葉だと思う。
「俺たちは何の責任もない。何も考える必要もない」
という宣言だもの。
それって要するに、
「無責任社会」
ということではないか。
ところで、新型コロナウイルスの蔓延が止まらない。
特に私も在住している大阪府がひどい。
「維新を名乗るナニワのトランピズム政党」が支配しているこの大阪府は、まさにウイルスとともに「自己責任=自業自得」が蔓延している、「自己責任社会=無責任社会」の実験場となっている。
雨合羽はどこへ行った。
イソジンで解決するはずではなかったのか。
「大阪ワクチン」はどうなっているんだ。
大阪府の為政者たちのこのような「責任」はほとんど問われることもなく、府内のマスコミ屋たち(ジャーナリズムではない)は相変わらず能天気なことばかりを報じる。
「下」ばかりが責任を問われる
以前に「マウンティング」や「トーンポリシング」など、「毒オトナしぐさ」は「下」にしか向かわないということを綴った。
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そしてこの「トーンポリシング」のいやらしいところは、「マウンティングの一種」と綴ったように、 常に「下」の立場に対してだけ向けられ、「上=主流秩序」の立場に対して向けられることは決してない ということ。
毒オトナの条件・第7回「トーンポリシング」 - ぶた猫ぶーにゃんの社会的マイノリティ研究所
それは「自己責任=自業自得」にもあてはまる。
「下」の立場に置かれた人たちばかりが「責任」を問われる。
まさに地獄でしかない、「ディストピア」だ。
次回に続く。