ぶた猫ぶーにゃんの社会的マイノリティ研究所

私、ぶた猫ぶーにゃんの「社会的マイノリティ」について考えるブログです。主に社会的マイノリティ、そして彼ら彼女らを侮辱する「毒オトナ」について綴っています。

毒オトナ社会の解きかた(17)社会問題が「エンタメ消費」される

こんにちは。今回も「毒オトナ社会の解きかた」をお送りする。

社会問題が「エンタメ消費」される

U国R国戦争が泥沼化している。

それに伴い、我が国ニッポンも、

  • やっぱり「戦争できる国」になるべきなのではないか
  • 「敵基地攻撃能力」も必要なのではないか
  • そしてそのためには「憲法改正」が必要だよなあ

…といったことが主にテレビで流布されている。

しかし、どの言説を見ても、

  • 「戦争できる国」になったらどうなるのか
  • それこそ周辺の「ニッポンを好かない国」に「口実」を与えてしまわないのか。

といったことは真剣に問われていないように思う。

なぜなら、「エンタメ(エンターテインメント)」の題材としかみなしていないから。

この国ではあらゆる社会問題が「エンタメの題材」にしかならなかった

今回の戦争だけではない。

この国ニッポンではあらゆる社会問題も、(主にテレビの)「エンタメの題材」として消費されるだけだった。

十数年前なら「ワーキングプア」だった。

 

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

 

確かに当該テレビ番組は社会問題について「考えるきっかけ」を与えたように思う。

しかし、ではどうすべきなのかを考えると途端に、

  • だったら投資、資産運用をしよう
  • 「あんな大人になってはならない」からそのためにも「エリートになるための勉強」をしないと

といった「あんた真剣に考えていないだろ」としか言いようのない結論が流布されてしまう。

エンタメは、「他人事」だから成り立つ

さて、「エンタメ」は「他人事」、つまり「自分には関係のないこと」だから成り立っている。

たとえばホラー映画などで登場人物が次々に惨殺されていくさまも、「見ている自分は殺される心配はいらない」から見ていられる。

逆に自分が殺される立場だとしたら「エンタメ」として消費できないだろう。それこそ「当事者目線なき者は去れ」と叫びたくなるだろう。

 

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

この国のエンタメは、「殺される側」を踏みにじることで成り立っている

それにしても、この国のエンタメはひたすらに「下=殺される側」を踏みつけることで成り立っているように思う。

少なくとも「下」の視点がないように思う。

特にテレビは「報道番組」すら「バラエティー番組」の一つになってしまっているゆえ、「社会問題のエンタメ化・エンタメ消費」の最前線になってしまった。

この国には、社会問題を真剣に考える「きっかけ」が存在していない。

そりゃ昨秋の衆院選で政権与党と「ナニワのトランピズム政党」が手堅く勝つし、今夏の参院選でも同様の結果が予想されるんだよなあ…

次回に続く。