ぶた猫ぶーにゃんの社会的マイノリティ研究所

私、ぶた猫ぶーにゃんの「社会的マイノリティ」について考えるブログです。主にHIKIKOMORIなど、「公認されない社会的マイノリティ」に関することを綴ります。

就職氷河期戦線異状あり(番外編)ついに看護師も日雇い派遣の対象に…

こんにちは。もうあさってで3月ですよ…

「1月は『居ぬ』2月は『逃げる』3月は『去る』」とはよく言ったもので、この時期は1年の中でも時が過ぎるのが一層早く感じるものだ。

さて、今回は「就職氷河期戦線異状あり」の番外編、「看護師の日雇い派遣」について綴ろうと思う。

 

ついに看護師も日雇い派遣の対象に

さて、先日、「コロナ禍」で福祉施設の看護要員が逼迫しているということで、

「看護師の日雇い派遣」を認める規制緩和

が打ち出された。

www3.nhk.or.jp

いやあ、なんか「ここまで来ちゃったなあ…」と感慨深くなりましたよ…

一部引用。

一方看護師の側も、資格を持ちながら結婚や出産などを理由に職場を離れた「潜在看護師」を中心に、フルタイムではなく短時間の勤務でより柔軟な働き方を望む声があがっています。

 この「柔軟な働き方」というのも日雇い派遣の蔓延とともに使われ続けたフレーズだし。

「2000年代就職氷河期」に蔓延した日雇い派遣

日雇い派遣もまた、「2000年代就職氷河期」のころに蔓延した「働き方」だった。

「大学はじめ各種学校を卒業しても就職先が見つからない」人たちが続出する一方、「労働者派遣」が認められる業種が大幅に増えるなど「非正規雇用化」は進んでいった。

参考記事

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

 日雇い派遣はその極北であった。

通常の労働者派遣同様に「派遣会社」に登録し、登録条件に合う「職場」が見つかるごとに電話がかかり、「派遣会社のオフィス」などに一旦集められた後現地に向かうといった方式。

この方式で働く人々は「オンコールワーカー*1」と呼ばれた。

また、これら日雇い派遣を「手配」する企業が「ベンチャー企業の一種」ということでもてはやされ、通常の派遣会社同様に「雨後の筍」のごとく急増した。

直行直帰かつ交通費は支払われないため、悪質なところだと「遠方に連れていかれ仕事が終わっても帰れなくなった」トラブルも多発した。

最近は「ギグエコノミー」なんて言うそうだ…

さて、最近は「コロナ禍」もありあまり消費者が外出できない状況で、食事や通販で購入した商品などの配達を単発で請け負う「働き方」が注目されている。

日雇い派遣の変種でしかないのだが、なんかかっこよく、

「ギグエコノミー」

だなんて呼ばれている。

jinjibu.jp

電話ではなくネットやスマホアプリで仕事が仲介されることからこんな言葉が名づけられているが、「日雇い派遣」「オンコールワーカー」の二の舞を演じてしまうとしか思えん。

そんじゃまた。

毒オトナの条件(63)「HIKIKOMORI男性に性的サービス」の件

こんばんは。¡Buenas noches!

今回も前回に続き「毒オトナの条件」。

「HIKIKOMORI男性に性的サービス」の件

先日、ある「HIKIKOMORI」当事者のツイッターで気になる内容のものを見かけた。

 とある当事者会での発言らしいが、こんなことを言うた人のことを誰が「拡散」したのだろうか。

もしかして…あの人のブログかな…

vosot.hatenablog.com

いっぽう、男性のひきこもり当事者からは、自分の地域から受けたい支援として性的な援助を望む声があった。

ひきこもりは対人関係をつくるハードルが高いから、セックスができる相手を得にくい。恋人をつくるにも、性風俗へ行くにも、それなりの勇気が要る。けれど、そういう勇気がないからひきこもっている。

身体障害者の方々のために射精補助をおこなっているNPOもあるのだから、精神的なハンディを背負っているひきこもり男性のためにもそれを考えてほしい。女性のひきこもりにも性欲を満たしたいニーズはあるはずだ。そういう相手は近くに住んでいるのが望ましいから、行政は地域のひきこもりなどから性的パートナーをあてがってほしい(*1)、という声であった。

しかし、これにはさすがに女性ひきこもり当事者や女性の親御さんの側から反対の声があがった。精神的な親密さをともなわず、接近の段階も経ないで、いきなりお互いの性的欲求だけを充足させる支援というのは、求めるものではないということであった。

これはひきこもり支援の問題というよりも、男女間のセクシュアリティの違いを際立たせる議論であったかもしれない。ともかく、「ひきこもりは地域に支えられたいのか」という問題提起から、かくも多岐にわたる話が出たのだった。

(太文字&大文字強調は引用者)

 

参考リンク

sokudokuhikky.blog103.fc2.com

 

まあ、気持ちもわからなくはないよ。

HIKIKOMORI当事者とはいえ性欲は旺盛な人なんていくらでもいるからね。

 

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

言うとくわな。

昔はどうか知らないが今は「性的同意」といって、「同意のない性行為は暴力である」というコンセンサスができつつあるの。

それを理解していないのなら叩かれても仕方がないの。

あと、「あてがわれる」女性の側からしたら怒るのも仕方がない。

HIKIKOMORI当事者の「目線」はあるが女性の「目線」はない。

当事者目線なき者は去れ。

 

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

次回に続く。

毒オトナの条件(62)「わきまえない女」「わきまえないマイノリティ」

こんばんは。¡Buenas noches!

今回は「毒オトナの条件」。

「わきまえない女」そして「わきまえないマイノリティ」

さて、今日、ツイッタートレンドに

「わきまえない女」

というのが上がっていた。

元総理大臣氏がこんな発言をしたことからこのワードが生まれた。

www.tokyo-np.co.jp

www.tokyo-np.co.jp

後者の記事において、

  私どもの組織委員会にも女性は7人くらいおられる。みんなわきまえておられて、みんな競技団体のご出身で、国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりですから(後略)

(太字・大文字強調は引用者)

 の部分に対し「わきまえない女」が誕生したというわけだ。

もっと進んで「わきまえないマイノリティ」はどうだろうか

さて、「わきまえ」を求められるのは女性だけではない。

さまざまな社会的マイノリティもまた、「わきまえ」を求められる。

  • 権利を求めるな、義務を果たせ
  • 夢なんか見るなよ
  • 社会からずれた人は「矯正収容」すべし

などなど…

私はここで一歩進んで、

「わきまえないマイノリティ」

の提案をしたい。

「わきまえない女」そして「わきまえないマイノリティ」のチカラで、クソ過ぎるニッポン社会を変えようではないか。

次回に続く。

私の恋人のこと。

今回は今週のお題「鬼」について綴ろう。

鬼を追い払う儀式が全国各地でおこなわれる2月3日の「節分」。

実は、私の恋人の誕生日でもある。

ただ、今回は124年ぶりに節分が「2月2日」だ。まあ1日ずれるだけなのでどうってこともないのだが。

さて、恋人の祖父は地元の神社の宮司であった。

むろん、節分の行司にもいろいろ取り組んできたし、秋祭りにも参画してきた。

3年前、90歳を超える高齢のため、宮司を引退された。

そして、先日、亡くなられた。

ご冥福をお祈りします。

毒オトナの条件(61)れいわ新選組の「財源は国債を新規発行すればよい」は「毒オトナに苦しめられる側の旗印」だ

こんばんは。もう今日から2月ですよ。

「あけまして…おめでたくない」と言うていたのが昨日のことのようだ…

さて、今回は「毒オトナの条件」を綴る。

れいわ新選組の政策について綴る。

「財源は国債を新規発行すればよい」は「毒オトナに苦しめられる側の旗印」

れいわ新選組は「社会的マイノリティ、生活困窮者に手厚い政策を実施する」ことを主張している。

reiwa-shinsengumi.com

そして、そのための財源については、

国債を新規発行すればいい」

としている。

一部引用。

日本総貧困化を防ぐためには、まとまった財源が必要です。
財源は税収、が一般的ですが、私は、
デフレ期には別の財源も活用します。

新規国債の発行です。確実に足りない分野と人々に大胆に、
財政出動を行い、生活を支え積極的に経済をまわします。
経済成長すれば当然、税収は増えます。

国債発行は無限ではありません、リミットがあります。
インフレ目標2%に到達するまで、です。
到達後、金融引き締めで増税まで必要な場合には、
税の基本(応能負担)に還ります。
法人税にも累進性を導入します。

 

(大文字強調は引用者)

 正直、この政策主張には批判も多い。

ハイパーインフレに陥ったらどうするんだ」「国債市場での信用が落ちる」など…

ただ、私から見れば、れいわ新選組の主張は一種の「旗印」なのではないかと思う。

「財源はどうすんのぉ?」と毒オトナたちに黙らせられ、苦しめられてきた側の旗印

ニッポンで長い間、生活困窮者、社会的マイノリティの側が声をあげると、毒オトナたちはこぞって、

  • 「財源はどうすんのぉ?」
  • 「無い袖なんてふれないんだよ」
  • 「お前のためにつぎ込む金なんてない」

などと言って沈黙を強いてきた。*1

「ナニワのドナルド・トランプ」氏が高校生(当時)に言い放ったことも大体同じだわな。

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

それに対し、れいわ新選組は「財源はありますよ」と明快に返している。

はっきりと言おう。

政策の実現性、そして政策実施後の悪影響などはこの際どうでもいい。

これは、

「『財源』を持ち出して俺たちの声を封じてくるんじゃねえよ毒オトナども!」という意思表明にほかならない。

共産党員」ゆえにおおっぴらには言えないが、私は「れいわ新選組」をこれからも注目し続けたい。

それではまた。

*1:で、F-35などバカ高いアメリカの兵器類をニッポン政府が唯々諾々と購入していることについては毒オトナたちはだんまり、あるいは「これは周辺諸国対策の必要経費だ」などと言い訳をする。

シュワちゃんが、はからずも「日本国憲法」の精神を教えてくれた。

こんばんは。

今回は先日、「アーノルド・シュワルツェネッガー」氏*1アメリカ合衆国の「もうすぐ『前』大統領」にたいして痛烈に批判、「もうすぐ『前』大統領」を信奉する人々によっておこなわれたアメリカ合衆国連邦議会への襲撃事件を非難する声明を発表したことについて綴りたい。

こちらの記事に詳しい。

www.huffingtonpost.jp

私が中でも心を打たれたのは、かつての主演映画「コナン・ザ・グレート」で実際に使用した剣を見せて、「剣は一体どうやって作られるか」と語ったところ。

これは『コナン・ザ・グレート』で使った剣です。剣に焼き入れをするほど、剣は強くなります。ハンマーで叩かれ、炎で焼かれて冷水で冷やされ、工程を繰り返すことで剣はどんどん強くなります。

この話をするのは剣づくりのエキスパートになって欲しいからではありません。アメリカの民主主義も剣の鋼と同じなのです。鍛錬することで、より強くなります。

私たちの民主主義は、戦争、不正、暴動にさらされました。今回の襲撃事件で、失われかねないことが何かを知ったため、私たちの民主主義は強くなります。

(赤字・太字強調は引用者)

ここで、私は日本国憲法第十二条にある「不断の努力」という文言を思い出した。

第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ

 民主主義、それの中心となる「自由」「権利」はまさに鋼を熱して鍛えるように、「不断の努力」で保持・発展させるもの。

そして、「自由と権利」をはき違える=濫用することを戒めねばならない。

今回の声明で、日本国憲法をより深く理解することができたように思う。

思えば、あの暴動は「自由と権利をはき違えた」人たち=毒オトナたちによって引き起こされ、また「もうすぐ『前』大統領」氏はそういう連中を扇動して政権を運営してきたのだろう。

同じく毒オトナたちを扇動することによって大阪の地方行政を牛耳り、「政権与党の一角をめざす政党」まで作った人たちのことを私は「ナニワのドナルド・トランプ」「ナニワのトランピズム政党」と言ってきた。

アメリカ合衆国は大統領が失脚することになった。

ニッポンの「自由と権利」という名の剣を鍛えるための「不断の努力」が今、問われているように思う。

*1:俳優で、元カリフォルニア州知事でもある。共和党員。

毒オトナの条件(60)俗流日本人論

こんばんは。

なかなか職場の新しい仕事に定着することができない…

先日は上司と衝突してしまってあわや退職寸前になってしまった。

でも、ニッポンの職場の中でも「ホワイト企業」というべきここを辞めてしまうと本当に何もない。
それこそ「暴力的支援施設」に拉致されてしまう。

さて、今回は「毒オトナの条件」の60回目。

俗流日本人論

俗流若者論」という言葉がある。

要は「最近の若者はだらしない、情けない…」と言った形の「若者に対するステレオタイプ」である。

それとは別に、私は「俗流日本人論」というべきものが流布されているように思う。むろん「日本人に対するステレオタイプ」として。

  • 日本人は礼儀正しい
  • 日本人は自動車が全然通過していない道路でも、きちんと信号を守るなどルール順守がすばらしい
  • 他人への気配りができ、災害時でも暴動どころか文句ひとつ言うことなく助け合う

といった感じ。

私はこれらはみんなウソだと思う。

「礼儀正しい」のは「目上、あるいは強者にたいしてのみ礼儀正しい」のであり、また「他人への気配りができる」のも、「目上、強者の側」が「お前はひとりじゃないんだぞ、みんながいることに感謝しろ」と「弱者(社会的マイノリティ)」を抑圧したうえで成り立っている。

参考過去記事

sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp

信号無視の自動車に轢かれかけた

「ルール順守」についても異議がある。

私自身の体験を話そう。

昨秋のことだ。

私は「押しボタン信号」のある交差点で歩行者用押しボタンを押し、信号が変わるのを待った。

信号が変わり、左右の自動車が止まるのを確認し、横断歩道を歩いた。

突然、後続の自動車の一台が停止線で止まっていた先頭の自動車を追い越し、私を轢いてやろうとせんばかりに突っ切った。

轢かれかけた私は心臓が止まりかけた。

とりあえず、私は自動車の車種と色、ナンバープレートで読み取れた数字、そして「若い男性」という運転者の特徴を近くの交番の警察官に話した。

それにしても、自動車にとって「押しボタン信号」はとてもいらいらするものらしい。
「なんで歩行者一人だけのために俺たちが待たなあかんの?」と言わんばかりに。

本当は「押しボタン信号」はもちろん、信号のない交差点でも歩行者が横断しようとしていれば自動車の側が一時停止するのが
道路交通法上のルール(法律)」
である。マナーではない。

NHK「未来スイッチ」でも指摘している。

ちなみに一本目の記事の「そして事件は起きた」の動画に近いパターンだ。

www3.nhk.or.jp

www3.nhk.or.jp

しかしニッポンの場合、道路という道路が「自動車ファースト」として作られており、「歩行者優先」という道路交通法の理念は死んでいる。

以来、私は押しボタン信号という押しボタン信号がとても怖くなり、横断できなくなってしまった。
と同時に、先ほど綴った「俗流日本人論」の嘘にも気づいた。

次回に続く。